吹奏楽部で開いた音楽の扉!初心者からのピアノ伴奏挑戦と、夢をくれた顧問の先生との出会い

ピアノ鍵盤
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吹奏楽部で開いた音楽の扉!初心者からのピアノ伴奏挑戦と、夢をくれた顧問の先生との出会い

「あなたにとって理想の高校教師とは?」と聞かれて、皆さんはどんな教師を思い浮かべますか?

私には、今でも心の中にしっかりと抱き続けている「理想の教師像」があります。

それは、私がこれまでの人生の中で出会ってきた素晴らしい恩師たちとの思い出が、大きく影響しています。

今回お届けするのは、私が教師を目指す具体的なきっかけとなった出会いが詰まった、「中学校編」です。

運命の部活動との出会い!リコーダーからクラリネットへ

私が「将来は絶対に教師になる!」と心に決め、具体的な目標を定めたのは中学2年生の時でした。

そして中学生になった私の生活の中心であり、運命の出会いとなったのが、みんな大好きな(!?)「吹奏楽部」への入部でした。

小学校編でお話しした通り、私は子どもの頃からリコーダーを吹くことが大得意で、当時の流行曲なら大抵のメロディーを耳コピで即興演奏できるほどでした。あまりにもリコーダーが好きすぎて、自然と音感が鍛えられていたのだと思います。

そんな「リコーダー大好き少女」だった私が、吹奏楽部に入って選んだ楽器は……

やはり、木管楽器の「クラリネット」でした!

リコーダー

最初はリコーダーよりも遥かに広い音域や、数多くの複雑なキーの操作に戸惑いましたが、持ち前の音楽好きが高じて、意外にもすんなりと音を出すことができました。それからはクラリネットの深みのある音色にみるみる引き込まれ、「もっと上手になりたい!」と、朝から晩まで楽器のことばかり考える毎日が始まったのです。

しかし、当時の我が校の吹奏楽部は、お世辞にも「強豪」とは言えない超弱小チームでした。

学校に用意されている楽器はどれも古くて錆びついており、部員も全体で20人に満たないほど。吹奏楽コンクールなんて存在すら誰も知らず、顧問の先生もほぼ不在という状態でした。

みんなで適当に音を出して、「音が出たね!楽しいね!」と言い合うだけの、のんびりとした同好会のような雰囲気だったのです。

熱血!吹奏楽に精通する音楽のI先生の赴任とチューバの衝撃

そんな弱小部活に大きな転機が訪れたのは、中学2年生になった春のことでした。

新しく赴任してこられた音楽のI先生が、私たちの顧問になってくださったのです。I先生は吹奏楽に非常に精通しており、プライベートでも社会人吹奏楽団に所属して現役バリバリで演奏活動をされている熱い先生でした。

I先生が部活にやってきて放った、最初の一言は今でも忘れられません。

I先生「え?この吹奏楽部にチューバがないの?今まで低音どうしてたの?」
部員一同「(……チューバ?何それ、楽器の名前なの?)」
I先生「はーい、じゃあチューバ買いまーす!」
部員一同「は、はい!(なんだかよく分からないけどワクワクする!)」

初めて目の前に現れた本物のチューバの巨大さに、私たちは「世の中にこんな大きな楽器があるのか!」とパニックになりながらも大興奮しました。

I先生が顧問になってから、部活の空気は劇的に変わりました。

ロングトーンや音階といった地道な基礎練習がしっかりと取り入れられ、楽譜も本格的なものを演奏するようになりました。I先生の熱のこもった指揮とパート指導を受けながら、部員全員が合奏の本当の楽しさに目覚めていったのです。

【脳内パニック】ピアノ未経験・電子ピアノ無しの私が、合唱コンクールの伴奏者に推薦された話

そんな充実した日々を送っていた秋、私の身にとんでもない大事件が発生します。

毎年恒例の合唱コンクールに向けて、夏休み前にクラス内で指揮者とピアノ伴奏者を選出することになりました。

目立ちたがり屋だった私は、指揮者の募集に真っ先に立候補し、すんなりと決定。

しかし、問題は「伴奏者」の選出でした。

挙手する女子生徒

クラス内で現在進行形でピアノを習っている生徒は、自由曲を担当することになったAちゃんただ一人。

課題曲の伴奏者が決まらず、教室が静まり返る中、突然クラスメイトから声が上がりました。

クラスメイト「ひまわりがいいと思いまーす!だって吹奏楽部だし、楽譜読めるでしょ!」
ひまわり「えっ!?ちょっと待って!私、ピアノなんて習ったことないし、家にピアノもないよ!ト音記号は読めても、左手のヘ音記号なんて全く読めないから絶対に無理!」
クラスメイト「いや、ひまわりならできそうだよ。やってよ!」
ひまわり「ええ……(本当にピアノもないし弾けないのに……。でも、みんながこんなに期待してくれているし、ちょっと気になるC君も『期待してる』って顔で見てる……断りづらい……!)」
ひまわり「……じゃあ、本当に弾けなくても文句なしだよ?それでもいいなら、がんばってみるけど……!」

こうして、ピアノ未経験、楽譜も読めない、家に楽器もないという三重苦の私が、クラス全員の歌声を背負うという大役を引き受けることになってしまったのです。

夏休みの音楽室で猛練習!友情と努力で成し遂げた合唱コンクール本番

練習は想像を絶する過酷さでした。

ヘ音記号の音符の横に「ドレミ」と書き込むところから始めましたが、右手と左手で全く異なるリズムと指の動きをさせるため、頭の中は完全にパニック状態。

そこで私は、吹奏楽部の親友でピアノが得意なYちゃんに泣きつきました。

「お願い!私があなたの指の動きを見てそのまま覚えるから、課題曲を弾いて見せて!」とお願いしたのです。

Yちゃんは快く引き受けてくれ、3日に1回のペースで彼女の家に通い、8小節ずつ指の動きを視覚的に「丸暗記」していきました。さらに夏休み期間中は、冷房の入っていない蒸し風呂のような中学校の音楽室に毎日通い詰め、一人で黙々と鍵盤に向き合い続けました。

1ヶ月間、文字通り必死になって同じ曲を弾き続けた結果、2学期最初の音楽の授業でみんなの前で披露した時には、信じられないことにノーミスで弾きこなすことができたのです。クラスメイトからは「おお!本当に弾けてる!」と大きなどよめきと歓声が上がりました。

演奏後、見守ってくれていた音楽のI先生が歩み寄って言いました。

I先生「素晴らしいね!次はペダルを踏んで音に響きをつけてみようか」
ひまわり「ペダル……?(何それ美味しいの?状態)」

恐る恐る足元のペダルを踏みながら演奏してみると、まるで世界が変わったかのように、音に美しく深い奥行きが生まれました。劇的ビフォーアフターさながらの感動に、胸が震えたのを今でも覚えています。

本番では一切楽譜を見ず、体で完全に覚えた伴奏を完璧に弾ききり、自由曲の指揮もこなして、私の無謀な挑戦は大成功で幕を閉じました。この経験は、私の中に「本気で努力すれば、不可能なことなんてない」という強烈な自信を植え付けてくれたのです。

クラリネットと楽譜

吹奏楽部部長としての決意と、「音大受験」へ向けた大きな一歩

中学3年生になり、吹奏楽部の部長に就任した私は、I先生の元へ走り、熱い思いをぶつけました。

「先生!私たち、吹奏楽コンクールに出場したいです!」

しかし、そこで衝撃の事実が発覚します。

なんと、我が吹奏楽部は公式の吹奏楽連盟にすら加盟しておらず、コンクールに出場する権利すら持っていなかったのです。

私の代でのコンクール出場は叶いませんでしたが、I先生はすぐに加盟手続きを進めてくださり、その代わりに近隣の中学校の吹奏楽部を集めた「コンサートホールでの合同演奏会」という素晴らしい舞台を企画してくれました。

大舞台で、仲間たちと一つの音楽を作り上げ、観客を感動させる。

その鳥肌が立つような素晴らしい体験を通して、私の心の中の夢は、漠然とした憧れから確固たる目標へと変わりました。

「将来は、音楽の先生になって、絶対に吹奏楽部の顧問になる!」

夢を叶えるためにはどうすればいいのかを調べ、両親とも真剣に話し合いました。そして音楽大学へ進学することを決意し、自宅に電子ピアノを買ってもらい、クラリネットとピアノの専門の先生を紹介してもらいました。

本格的な「受験生」としての私の挑戦が、この時からスタートしたのです。

中学時代にI先生と出会い、吹奏楽の魅力に救われたからこそ、今の私があります。

I先生が奏でる優しく力強いトランペットの音色のように、「その人の生き様が音になって伝わるような、そんな温かい指導を私もしたい」。そう胸に誓い、私は高校という次のステップへと進んでいくことになります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(関連記事:[ひまわり先生が高校生時代に出会った良い先生のお話、その1](https://goodteacher1.com/teacher/teacher3/))

お世話になった先生たち
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