【A高校 女子生徒アカネとの出会い】
A高校は、入学当時から色んな事情を抱えた生徒が多い学校です。
一見何の問題も見受けられない生徒でも、実は家庭環境が悪かったり、心に問題を抱えている生徒がいます。
授業をしていると、積極的に接してくる笑顔が可愛い女子生徒アカネがいました。
欠席することもよくあったアカネですが、クラスにも馴染んでおり、アカネがいるとパッと明るくなるような雰囲気を持っていました。
また、授業に出席しているときは、よく発言もしてくれたので、授業をすすめやすかったです。
そして困っている生徒を見かけると、サポートしてくれるような気の利いた生徒でもありました。
そんなアカネですが、時々元気がない様子もあり、
「どうしたの?今日は元気なさそうだね。何かあった?」
など、声をかけることがありました。
しかし、最初のうちは
「何でもないよ!」
と返答され、それ以上に突っ込んで話を聞くことはありませんでした。
ただ、何度かそういうやり取りをしたり、アカネと授業以外での挨拶や日常会話などコミュニケーションが増えてきたときに、同様に声をかけたところ、
「先生、いつも私がしんどいって感じているときに声をかけてくれるの。先生には打ち明けてもいいかな…」
と言い出したのです。
偶然、そのやり取りの時間は、私自身が授業がないタイミングでした。
すぐに職員室に行って、担任にアカネと少し面談したいが、どうすればいいかを尋ねました。
すると、これは学校の特長でもあるのですが、上記のように問題を抱える生徒が多いことから、学校は生徒の心のサポートを非常に重点を置いているため、
「もし先生(私)が話を聞いてやってくれるなら、アカネのことお任せします」
と返答をいただいたのです。
使用していない部屋を用意してもらい、アカネと二人の時間を持つことができました。
【リストカットをするアカネ】
そこで、私はアカネに再度
「どうしたの?元気がない理由があるんだよね?」
と聞きました。
するとアカネは
「うん。実は今朝、自分を責めてた…。」
と答えたのです。
血の気が引きました。
彼女は中学生のころから自分を責める事を常習的に行っており、それを誰にも言えずにいた、というのです。
家庭ではシングルマザーの母と10歳の弟1人の3人で暮らしていました。
しかし母はアルコール中毒で定職に就かず、弟の面倒は基本的にアカネがみているということでした。
弟はとてもかわいいと言っていましたが、生活の支えになってくれるべき母親は気分の浮き沈みが激しく、優しい時と近づきたくない時があって、どう接したらいいか分からないと言うのです。
生活も苦しいから自分がバイトをして少しでも弟にご飯を食べさせてあげている、ということでした。
だから学校も休みがちだし、しんどい時があるのはいつもそういう理由だ、と言います。
16歳の華奢な身体でそんな大変な思いをしていたなんて、想像したこともありませんでした。
そして、そう言いながらアカネは、包帯が巻かれている部分を私に見せたのです。
包帯はなるべく目立たないように薄めに巻かれてました。
私が驚き、言葉が出ない様子を見かねて、アカネは
「先生、自分を責める事って痛くないんだよ。誰にも知られたくないから目立たないように少ししかやってないから大丈夫だよ。」
と言うのです。
私は思わずアカネを抱きしめて言いました。
「辛い思いしてたんだね、アカネ。がんばってたんだね。」
アカネはポロポロと涙を流しました。
アカネの涙を見て、誰にも言えずに抱え込んできた、目に見えない闇を感じずにはいられませんでした。
そして、私は
「アカネ。自分を責めることは、アカネを心配してくれる人を苦しめることだと考えてもらえないかな。
少なくとも私はアカネが心配だし、大好きだし、アカネが自分を責める姿を見たら苦しいんだよ。
アカネの元気の裏側に、こんなに辛い思いをしていたことを知らなくてごめんね。
でも、アカネは一人じゃないんだよ。
友だちもいるし、私もいる。
そして、この学校にはアカネのことを心配してくれる人がたくさんいるんだよ。
だから、自分を責めるなんて恐ろしいこと、しないで。」
と言いました。
アカネは、でも自分を責めると、自分が少し解放された気になるの。
と言います。
確かに、自分を責めると鎮静効果が得られることはメンタルヘルスの側面からも認められています。
しかし、私は気付いてほしかったんです。
自分を責めた人を見て喜ぶ人はいない、ということを。
少しでも痛みを共有できればと思ったんです。
もちろん、アカネの家庭に関して私は一切の関与をすることはできません。
しかし、アカネが学校にさえ来てくれる元気があれば、私はその瞬間アカネに寄り添ってあげられる、と思ったのです。
アカネがふと気を許せる瞬間にそばにいてあげられたら、と思ったのです。
アカネにとったら、私という人間を信頼に値するかどうかを見極める必要があったと思います。
でも、どうやら私の嘘偽りない気持ちは伝わったようでした。
「先生、わかったよ。すぐにやめられないかもしれないけど、もし自分を責めた時は先生のところに行って、ちゃんと言うようにするよ。」
と言ってくれました。
【アカネの変化】
それから数回は、アカネから
「今日しんどかったからやっちゃったよ…」
と言いに来てくれましたが、それまでもアカネを学校で見かけると、よく話しかけていました。
アカネも私という存在が学校にいるだけで、安心して登校できると言ってくれました。
そして、アカネは校内の友だちを私に紹介して、
「ね。この先生は信頼できるし、アカネの大好きな先生なの。何か困ったことがあったら、先生を頼ると助けてくれるよ。」
というのでした。
誰かに紹介するって、余程信頼してもらっているんだな、と感じましたし、嬉しくも思いました。
何よりアカネがどんな目的であれ、学校に来ることを楽しみのひとつになったのではないか、ということが一番嬉しかったです。
そんなアカネですが、学年末頃から姿を見せなくなりました。
いつもの欠席なのかな、と思いつつ心配が尽きません。
とはいえ、学年末の定期試験も終わり、生徒が投稿するタイミングがそもそもなくなってしまったのです。
そこで、私は職員室に行き、担任の先生にたずねたところ、学年末をもって退学する申し出があった、と聞いたのです。
私はその場で立ち尽くしてしまいました。
なぜそうなったのか理由を聞くと、
「家の事情で」
という返答しかありません。
そんな理由では、何があったのかを探ることさえできません。
だから私は、アカネが以前連れてきた友だちを学内で探して、事情を聞くことにしました。
なんと事実は私の予想をはるかに超えたものでした。
「教師と駆け落ち」
アカネに寄り添った人物は、もちろん私だけではないと思っていました。
それくらい学校の教員と生徒との関係は濃いものでしたし、担任をはじめ、私以上に生徒ひとりひとりの事情をよく知っている教員はたくさんいました。
だけど、まさか、そんな事が起こるなんて思ってもみませんでした。
そして、その裏事情を、立証するかのように、駆け落ちしたとみられる教師が、退職しました。
学年末、修了式の直後の話です。
その後のアカネがどうなったのかはわかりません。
でも、会えない今でも、アカネの心配は尽きません。
どうかどうか、彼女が幸せになっていますように。
心から願っています。
ご購読ありがとうございました。
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