敵対心むき出しの生徒が心を開いた瞬間!「見捨てない」姿勢と寄り添う対話の教育論

ブチ切れるヤンキー男子生徒
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はじめに:教室の片隅で、強烈な敵意を向ける生徒との出会い

私が勤務する高校Aは、入学当時から様々な家庭環境や複雑な事情を抱え、心に傷や葛藤を秘めた生徒が多く通う学校です。一見すると明るく普通に見える生徒でも、実は深い悩みを抱えていることが少なくありません。

そんな中、あるクラスの授業で、ひときわ異彩を放つ生徒に出会いました。彼の名前はケンジ。

ケンジは常に眼光が鋭く、私に対してむき出しの敵対心を向けていました。初めて着任した学校で、彼とトラブルを起こしたわけでもないのに、なぜこれほど嫌悪感を抱かれるのか、最初は見当もつきませんでした。彼はクラスメイトとも距離を置き、孤独の殻に閉じこもっているかのように見えました。

しかし、私は彼の態度に対して、何かを釈明しようとしたり、逆に怒ったりすることはしませんでした。

「何か理由があるのだろう。態度が悪いからといって見捨てることは絶対にしない。今は学ぶ気がなくても、いつか彼自身が『学びたい』と思ったその時に、しっかりと両手を広げてフォローできるよう準備だけはしておこう」

そう心に決め、他の生徒と全く同じように、ごく普通に接し続けました。授業中に難しい課題を出したときも、彼を特別視せず、机間巡視の際に自然に声をかけてサポートを行いました。

もちろん、ケンジは私が話しかけても反応すら示さず、「これ以上私に関わるな」という頑ななジェスチャーを見せるばかりでしたが、それでも私は変わらない態度で見守り続けました。

このような、生徒一人ひとりと向き合う際の大前提となる「教師としての指導理念や注意の基準」については、こちらの記事でも詳しく語っています。

  • 内部リンク:[高校の授業中, 生徒にどう注意・指導する?現役教師が実践する「怒る基準」と伝え方](https://goodteacher1.com/lesson/lesson5/)

転機:プログラミング実習の放課後、孤独なシャットダウン

そんなある日、コンピュータ教室で「情報Ⅰ」のプログラミング実習の授業が行われました。

プログラミング
プログラミング

各自でプログラムのコマンドを入力し、エラーを修正しながら実行結果を確認していく、生徒によって進捗に大きな差が出やすい難易度の高い実習です。つまずきやすいプログラミング指導の工夫については、以下の記事も参考にしてください。

  • 内部リンク:[高校「情報Ⅰ」のプログラミング授業はどう教える?苦手意識を克服する3つの指導コツ](https://goodteacher1.com/happy/happy3/)

ケンジは相変わらず不機嫌な様子で画面に向き合っていましたが、授業が終わり、他の生徒たちが退室していく中、パソコンのシャットダウン操作に戸惑った様子で、ぽつんと一人パソコン教室に残っていました。

私はそっと彼の席へと近づきました。

:「今日のプログラミング、ちょっと難しかったかな? わからないときはいつでも呼んでね」
ケンジ:「……(無言)」
:「最初は誰がやってもエラーばかりで難しいものだから、今できなくても全然心配ないよ。必ずできるようになるから、次はもっとサポートするからね」
ケンジ:「……ぼく、教師って大っ嫌いなんだ」

突然の、しかし心の奥底から絞り出すような告白でした。

ケンジ:`「小学生の時も、中学生の時も、先生に馬鹿にされて、ぼくはダメ人間のレッテルを貼られたんだ。ぼくが信用できる大人なんて、一人しかいない」`
:`「そうだったんだね……。学校にいる大人は先生しかいないのに、そんな存在からつらい態度を取られたら、どうしていいか分からなかったよね。同じ『教師』として本当に申し訳ないし、許せない。ケンジの気持ちを思うと、胸が張り裂けそうだよ」`
ケンジ:`「でも……先生は、ぼくがどれだけ無視しても、ずっと変わらず目を配り続けてくれた。だから、他の先生とは何か違うなと思ってたんだ」`

彼の言葉に、私はハッとさせられました。私はただ「誰も見捨てない」という普段通りのスタンスでいただけでしたが、ケンジにとって「自分がどんなに拒絶しても、見捨てずに目を配り続けてくれる大人がいる」という事実そのものが、閉ざされた心を少しずつ溶かしていたのです。

:「そうかな? 私はケンジに特別何かをしたわけじゃなくて、みんなと同じように接していただけだよ。せっかくパソコンを触るなら、しんどい思いをするより『楽しい』って思ってほしいからね。来週もまた新しい課題にチャレンジするから、楽しみにしていてくれたら嬉しいな」
ケンジ:「……わかった」

短い休み時間が終わる寸前の、わずか数分間の会話でした。しかし、あんなに心を閉ざしていた彼が、自ら傷ついた過去を打ち明けてくれたことに、私は深い驚きと温かい希望を感じていました。

ケンジの生い立ち:大人の「レッテル貼り」がもたらす悲劇

その後、対話を重ねる中で、ケンジの悲しい生い立ちが明らかになりました。

ケンジは本来、非常に優しく、一度決めたことは最後までやり遂げる努力家でした。陸上部に所属し、短距離のタイムをコンマ数秒縮めるために、自分の体の動きを論理的に分析して練習に励むような、ストイックな一面も持っていました。

しかし、小学校の頃、少し感情が高ぶりやすく、友達との何気ない言い争いの末に、思わず手を出してしまうことがあったそうです。もちろん、いかなる理由があろうと暴力は許されません。しかし、問題だったのは当時の担任教師の対応でした。

担任は事情や経緯を一切聞くことなく、頭ごなしにこう言ったのです。

「手を出したお前が100%悪い。お前はいつもそうだ」

小学生ながらに、「友達を傷つけてしまった」という強い後悔と猛省に苦しんでいたケンジ。その心を汲み取ることなく、「暴力=悪者」という極端なレッテルを貼られたことが、彼の強烈な「教師嫌い・大人嫌い」の始まりでした。

なぜ手を出してしまったのか、対立を避ける方法は本当になかったのか。教育において必要なのは、頭ごなしの排斥ではなく、「対話を通じて自ら考えさせ、暴力以外の解決手段を自ら見出させるアプローチ」だったはずです。

さらにケンジは、家庭内でも暴力に晒されており、どこにも居場所や心の吐き出し口がない状態でした。そんな彼の唯一の救いが、中学校の陸上部の顧問の先生でした。その先生だけはケンジの努力を正当に評価し、人としての道を根気強く説き続けてくれたのです。

「キレたら手を出してしまう」という彼の不安定な性格も、陸上という打ち込める存在と良き理解者に出会えたことで、高校に入る頃には完全に克服されていました。

生徒を深く傷つけ、心を閉ざさせてしまう「大人の偏見やレッテル貼り」がいかに教育現場で害悪となるかについては、こちらの記事でも考察しています。

  • 内部リンク:[嫌われる先生の特徴とは?ICT弱者・怠慢・文句ばかり…残念なエピソードから学ぶ「信頼される教師」の心得](https://goodteacher1.com/other-teachers/other-teachers1/)

ケンジの涙:信頼の証と、教師としての誇り

心の棘が抜けた後の、ケンジの態度の変化は劇的なものでした。

廊下で会えば満面の笑顔で話しかけてくれるようになり、隙を見つけては楽しそうに色々なことを語ってくれるようになりました。今まで心の中に溜め込んできた鬱憤や思いを、誰かに聞いてほしくてたまらなかったのでしょう。私は常に彼の言葉に耳を傾け、温かく受け止め続けました。

そんなある日、ケンジがひどく暗い表情をしていました。

「あれ? 今日はなんだか元気がないけれど、どうかした?」

声をかけた瞬間、彼の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちました。私は驚き、急いで空き教室になっていたパソコン室に彼を連れていき、静かに理由を尋ねました。

話を聞くと、陸上の大会を控える中、記録が伸び悩んでスランプに陥り、強烈な不安と焦りに押しつぶされそうになっているとのことでした。

私は陸上競技の技術的なことは一切分かりません。しかし、かつて吹奏楽で音楽のプロの道を目指し、スランプに苦しんだ自身の経験から、3つのアプローチを提案しました。

1. がむしゃらに量をこなす時期を作ること

2. 冷静に自分の今の状態を分析し、何が課題かを見極めること

3. 解決に導いてくれる専門家(指導者)に率直に相談すること

「僕が一番相談できる人は……中学の時の顧問の先生です」
「それが一番いいと思うよ。その先生なら、ケンジのことを誰よりもよく分かってくれているはずだから、ぜひ今の悩みを打ち明けてアドバイスをもらいに行っておいで」

私は彼の背中を優しく押しました。技術や身体的な問題、精神的なスランプは、信頼できる経験者の客観的なアドバイスが最も近道であると確信していたからです。

残念ながら、私が彼の陸上の記録を伸ばしてあげることはできません。しかし、彼が人生の壁にぶつかり、苦しんだその瞬間に、「涙を流して悩みを打ち明けられる存在」として彼に寄り添えたことは、私にとって教師としてこの上ない誇りとなりました。

まとめ:レッテルを剥がし、目を配り続けることの重要性

生徒指導において最も大切なのは、「問題生徒」というレッテルを貼って距離を置くことではありません。

どんなに反抗的な態度をとる生徒であっても、その裏には「気づいてほしい」「助けてほしい」というSOSが隠されていることがあります。

  • 周囲の大人に決めつけられ、傷ついた過去がないか
  • 家庭や学校で、本当の自分を表現できる居場所があるか

大人がその背景に関心を持ち、たとえ無視されても変わらずに「目を配り続ける」こと。それだけで、生徒の未来は劇的に変わる可能性があります。これからも、生徒一人ひとりの隠れた声に耳を傾けられる教師でありたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

問題生徒との接し方
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