【授業中の生徒指導】
私の授業は、基本的に自由に考え、行動してもらいたいと思っているので、多少のにぎやかさは全く問題にしません。
授業内でも、しょっちゅう
「はい、シンキングタイムどうぞ」
なんて言って、周囲の人と相談したり、問題解決の糸口を探してもらったりしています。
しかし、当然羽目を外したり、見過ごせないことがあった場合は、その場で結構強めに指導します。
私の指導ポイントは、2つです。
1つ目、羽目を外しすぎない。(悪ふざけが過ぎた場合)
有意義な話し合いの中では、思わぬ発想が得られたりしますし、ブレーンストーミングでは
「批判しない、質より量」
など、多種多様な意見が飛び交うことを良しとしているわけですから、その範疇であれば私はニコニコ見守っています。
ただ、批判しないことをいい事に、悪口や隠語などに変換されてしまうこともあります。
高校生といっても、まだまだしょうもないことに面白がる子もたくさんいます。
それを見過ごしてしまうと、エスカレートして歯止めがかからないこともあるので、気が付いた時には、
「それは話し合いではなく、悪口だよね。
誰かを傷つけていい話し合いはないんだよ。
自分が面白いと思っていることも、聞いている人からしたら、傷つくことかもしれないということに、気付ける人間になってください。
それをしっかり意識してコミュニケーションをとってください。
もしこの後も、誰かを陥れたり傷つけたりするような発言をしたら、絶対に許しません。」・・・
特にこの
「絶対に許しません。」
は強調して大きな声で教室全体に聞こえるように言います。
そこで教室の雰囲気がピリッとなって、せっかく有意義な時間を過ごしている生徒もいるでしょうけど、そんな生徒にとっても、教室全体にとって
「羽目を外したらダメ」
と認識してもらうことのほうが重要だと考えるからです。
また、普段優しい先生だと思われていると思いますが、ダメなときは、しっかり指導するんだ、と認識してもらえることも大事なことだと思っています。
1年を通して、指導せずに済んだら、それはそれで良しです。
ですがそういうわけにもいかない時がありますし、経験上、このような指導をしたクラスのほうが、最終的に私に対して一目置いてみてくれて、ある種の信頼を得ている感覚があります。
とはいえ不要な指導ほど、信頼を損なうものもないと思っているので、指導するタイミングは、このように私の中で問題視すべき状況がおとずれた場合に限ります。
また、人を傷つけない、というニュアンスだと少し異なるのですが、羽目を外すという点からして、個別にしっかり指導することがあります。
それは、悪ふざけをして、相手のデータを削除してしまったり、相手が使用している最中に、パソコンの電源を切ってしまったりした場合です。
そういう状況では、大抵の場合、ふざけて
「先生!○○さんがデータ削除しましたー!」
とか
「先生!○○さんが、勝手に電源落しちゃいましたー!」
と笑って私に訴えてきます。
そんな時は、私はすぐに鬼の形相に変身します。
「誰だ!
そんなとんでもないことをする人は!
一体何のつもりでやっているんだ!
ふざけるんじゃない!
遊びじゃないんだ!
こんなこと、何も面白くない!
次やったら許さない!
今すぐ謝りなさい!」
くらいに言います。
当然、教室の雰囲気は重苦しくなります。
もちろん承知の上で、人のものを勝手に操作すること
(ここでは課題などのデータを削除した、や、データ保存する前に悪ふざけで電源を落としてしまうことを指しています)
は、重罪くらいの勢いで叱ります。
悪ふざけした生徒も、まさかそんな風に叱られるとは思っていないかもしれません。
しかし、課題提出に関係することであれば、データを削除された生徒は、正当な評価を受けられない可能性がありますし、相手が一生懸命取り組んでいれば、それだけ重大な指導になると、私は思います。
例え、データ自体がほとんどできていなくても、また電源を入れてすぐに切ったとしても、相手のパソコンを勝手に操作することが、いかに重大なことであるか、を認識してもらう必要があると思っています。
そこで、もしパソコンが苦手な人が隣に座っていたとしても、口は出してもいいけど、操作は本人にやってもらうように、と指導をしています。
この指導をしなければ、パソコン操作が得意な生徒は、相手のマウスを触り、キーボードまで打ち込んで操作をしてしまいます。
そうなれば、出来ない、苦手な生徒は、ずっと苦手意識のまま授業を受けてしまいますし、
「私でもやればできる」
という体験ができないまま、1年間過ぎてしまう可能性があるのです。
情報の授業においては、パソコン操作の学習に関しては、操作ができれば8割がたは出来てしまう授業内容が多いです。
理解は後からついてくるパターンもあるので、まずは操作ができないと、授業についてこれなくなってしまいます。
最初から苦手だと言って、操作ができないまま、周りの人が自分のパソコン操作をしてしまうと、
「出来なくてもいいや」
となってしまうことがとても恐ろしいです。
ですから、私の授業では、人のパソコンは触らず、周囲とは協力しながら、相談しながら、みんなで出来るようになりましょう。
と指導しています。
2つ目、人の時間を奪わない
1つ目の指導に、少し似ている部分もありますが、具体的に言うと、授業中にうるさくして周りの人たちに迷惑がかかっているとき、を指しています。
授業を受ける気持ちのある生徒に対して、余計な話で妨害する、や、ちょっかいを出す、ということに出くわすことがあります。
人の時間を奪わない、という観点だけで見た場合、私自身は
「授業中に寝る」
ということは大きく問題視をしていません。
むしろ、眠くならない授業を展開しなければいけない、と自分自身に喝を入れますし、どうしても寝てしまう状況になることもあるのかもしれないとも思ったりします。
ですから、寝ている生徒を無理矢理起こすことはしません。
ただ、寝ている生徒に対して、今日の授業内容を教えてあげてはいけない、と事前に伝えています。
寝ることは自己責任。
人に頼らず、寝て授業ができなかった部分は自分で何とかして解決しなさい、と指導をしています。
つまり、人の時間を奪わないということはしていないので、寝ている生徒には、それ以上の指導はしません。
これも経験上の話ではありますが、毎時間寝る生徒は今までいませんでした。
時折うつらうつらしている生徒は見かけますが、そういう時は、目の覚めるような取り組みをさせたいと、臨機応変に授業展開をしているつもりです。
人の時間を奪うことが、いかに重大で重たい罪だということは、授業に限った話ではありませんが、授業内からもその重みを知ってもらういい機会になるのではないでしょうか。
もし、授業中に、誰かの迷惑になるような行動が見受けられたときは、授業を中断して指導します。
「人の時間を奪って、自分勝手な行動をとることは、罪だ。
もし、今、この授業で重要なことを話していたとして、あなたが余計なことを言って、聞きたい人が聞き逃した場合、あなたはこの重要な点を伝える責任を負えるのか。
話を聞いていない人のために、同じことを言うつもりはない。
あなたにとって、この授業が重要でなくても、あなた以外の人が重要だと思ってくれているとしたら、その思いをあなたの勝手で奪えるものではない。
今もこうして、授業を中断していること自体、この時間は取り戻せない。
でも、中断してでも、あなたがとっている行動が、誰かの迷惑になっていることを自覚してもらうことのほうが、今は大事なので伝えます。」
とこんな具合でしょうか。
その時々で言い方は変わるでしょうけれども、おおよそこのような指導をします。
指導というのは、生徒自身にそれがどんなことであるかを自覚してもらうことなのではないでしょうか。
本当にダメなものはダメだし、嫌なことは嫌だという単純なことを、角度を変えながら伝わる言葉で伝えていけたらいいなと思っています。
ご購読ありがとうございました。
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