いくつになっても夢は追いかけられる!アラサーで教員免許を取得した「ひまわり先生」の一歩踏み出す覚悟

女性教員イラスト
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「教える喜び」に目覚めた日々。パソコン教室のインストラクターから教職への道

小学生の頃から、一度もぶれることなく憧れ続けていた「先生」という職業

私がパソコン教室のインストラクターという仕事を選んだのも、根本には「先生」と呼ばれる立場になって、誰かに何かを教えたいという強い思いがあったからです。

当時は特別なスキルや資格を持っていなかったため、パソコン教室での研修期間中に、取得できるだけの資格を必死で集めました

そうして自信を持って受講生の方々の前に立てるようになるにつれて、私の中に「もっと知りたい」という純粋な学習欲が湧き上がり、パソコンを操作することの奥深さにのめり込んでいったのです。

まさに「好きこそ物の上手なれ」という言葉が、当時の私にはぴったりと当てはまりました。

自分自身が「パソコンってこんなに面白いんだ! 楽しいんだ!」と心から感動していたため、その面白さを受講生に伝える喜びは人一倍大きかったと思います。

パソコンは、自分の頭の中にあるアイデアや発想を自由自在に表現できる、無限の可能性を秘めた道具です。

もしあなたが「パソコンはどうも苦手で……」と感じているなら、私は単に便利な使い方を教えるだけでなく、パソコンを通じて得られる「驚きや感動」を届けたいのです。

逆に、すでにパソコンが得意な方には、アプリケーション同士を連携させることで、さらに作業が自由で楽しくなる世界をお見せしたいと思っています。

かつて算数が大の苦手だった私は、仕事の中で構成比の求め方を分かりやすく説明できずに悩んでいました。そんな時、友人が「1つのりんごを家族4人で分けるとしたら……」と、実生活に即した例えで教えてくれたのです。その説明があまりにも感動的で、一瞬で腑に落ちた経験があります。

誰がどのような言葉に感動し、理解の糸口をつかむかは誰にも分かりません。だからこそ私は、多くの言葉やたとえ話、そして自身の経験を積み重ね、一人でも多くの人に「パソコンの楽しさ」を伝えていきたいと決意しました。

パソコン初心者

私はインストラクターという仕事に強い誇りと情熱を持って取り組み続けました

その飽くなき向上心こそが、後に「教員免許の取得」という大きな挑戦へと私を突き動かす原動力になったのだと、今になって強く実感しています。

「教えることが本当に大好きなんだ」という確信と、それ以上に「人が大好きだ」という気づき。

(実は、自分では人見知りだと思っているのですが……)

何より、私と接した受講生の方が笑顔になり、「できた!」と喜びの声を上げ、「ありがとう」と感謝の言葉をかけてくださる瞬間が、私の心を最高に満たしてくれました。

さまざまな世代の人々と心を通わせた経験を胸に、私のステージはついに「高校」という新たな場所へと移っていくことになります。

夢の裏で支えてくれた家族。手作り弁当と娘たちの寂しさ

私が教員免許の取得を目指して大学の勉強を本格的にスタートしたのは、双子の娘たちがちょうど中学1年生になったタイミングでした。

娘たちはまだ反抗期に入る前で、親子関係も非常に良好だったため、日々の生活で大きな衝突が起こることはありませんでした。

しかし、私個人にとっては、これまでにないほど過酷でハードな日々の幕開けでした。

毎朝5時に起きて、娘たちのお弁当を作ることから一日が始まります。

小学校までは給食だったため、朝の時間のやりくりがこれほどまでに大変なのだと、この時初めて身に染みて知りました。

双子で小さく生まれた娘たちの健康を守るため、当時の私は食べるものに対して、今思えば少し神経質なほどこだわりを持っていました。無添加の食材は当たり前、牛乳は低温殺菌のものだけ、スナック菓子は一切与えず、ファストフードにも連れて行ったことがありませんでした。そのため、お弁当のおかずもすべて朝から手作りしていました。

前日の残り物を詰めることもありましたが、基本的には毎朝その場で調理したものを詰めました。

どうしても体調が優れなかったり時間がない時は、学校で当日の朝8時までに注文できる「Web給食制度」を頼ることもありました。

「3年間で、一人あたり10回以上は頼むだろう」と思い、あらかじめ10回分のチケットを購入していたのですが、結局ほとんど使うことがありませんでした。最後のほうになり、私から「お願いだから今日は給食にして!」と娘たちに頼み込んでチケットを消化したほどです。

ありがたいことに、娘たちは今でも「ママの手作り料理が一番美味しい!」と言ってくれます。

手作り弁当

実は、私のこの料理への強いこだわりは、私自身の幼少期の「反面教師」からきています。

私は幼い頃、母親の手料理を食べた記憶がほとんどありません。

たまに作ってくれる料理も私の口には合わず、それが原因でひどい偏食になってしまい、「食事の時間は楽しくないもの」と思い込んで育ちました。

娘たちには、絶対にそんな思いをさせたくありませんでした。

最初はひどく不器用で料理も下手でしたが、娘たちが成長するにつれて、気付けば何でも美味しく作れるようになっていました。

毎日コツコツと料理を続けていれば、自然と段取りも手際も良くなっていくのです。

娘たちが「美味しい」と笑顔で完食してくれることが、どれほど私の励みになり、力になったか知れません。

しかし、私が自分の夢を追いかけている姿を、娘たちが健健に見守ってくれていると思っていた裏で、寂しい思いをさせていたことも事実でした。

最近になって、娘からこんな本音を打ち明けられたのです。

「ママ、実はあの時(仕事帰りに夜遅くまで喫茶店で必死に勉強していた時期)、本当はすごく寂しかったんだよ。私たちは双子でいつも話し相手がいたから、なんとか我慢できただけなんだからね」

その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられるような申し訳なさでいっぱいになり、「寂しい思いをさせて本当にごめんね」と涙ながらに謝りました。

現在、私が非常勤講師として教壇に立ち、自分の力で人生の幸福度を上げることができているのは、間違いなくあの過酷な時期を娘たちが健気に耐え、支えてくれたからです。

彼女たちが私にくれたその温かい我慢とサポートは、絶対に当たり前だと思ってはいけないし、一生感謝し続けなければならないと、強く自分自身に言い聞かせています。

いくつになっても夢は追いかけられる

幼い頃から抱き続けていた「教師になる」という夢。

しかし、その道のりは決して平坦ではなく、私はこれまでに何度も夢を諦めそうになりました。

  • 大学受験に失敗して、挫折を味わったとき
  • 結婚をして、家庭を最優先にしようと考えたとき
  • 出産を経て、子育てに追われる毎日が始まったとき

人生にはいくつかの大きなターニングポイントが訪れます。

そのたびに、多くの選択肢を前に悩み、葛藤し、「自分が選んだ道に後悔はしたくない」と誰もが強く願うはずです。

しかし、現実の人生はそう簡単に思い通りにはいかないことばかりです。

そんな時、私はいつもこの言葉を心の中で唱えていました。

「神様は、その人が乗り越えられない試練は与えない」

この言葉は、私にとって窮地を救ってくれる魔法の呪文でした。

どれほど苦しくてしんどい時も、この言葉を胸に、現実から目を背けずに一つひとつの壁を乗り越えてきました。

それが、今の私の大きな自信へと繋がっています。

30代半ばを迎え、「今挑戦しなければ、一生後悔する!」という強い衝動に駆られ、清水の舞台から飛び降りるような覚悟で通信大学の門を叩きました。

私は自分のことを、誰もが羨むような成功者だとは決して思っていません。

しかし、経験者として胸を張って言えることが一つだけあります。

何かを始めるのに、年齢が遅すぎるということは絶対にありません。

自ら行動を起こし、苦難を乗り越えた人にしか得られない景色が必ずあります。その真実を伝えることこそが、私からあなたへ贈る最大のメッセージです。

DREAM

『「やってみよう」と思った、まさにその瞬間が、あなたのスタートライン。』

あなたが勇気を持って選択したその道の先に、美しい笑顔の花が咲くことを心から願っています。

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ひまわりが先生になるまで
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