こんな先生は嫌われる

困った男性先生
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今回のテーマは「こんな先生は嫌われる」

キャッチ―なタイトルから始まりました。

好き嫌いは人それぞれなので、なるべく客観的な目線から、生徒の反応や意見をまとめたものを紹介し、自分自身への戒めとしても読み返したい内容にしたいと思います。

【嫌われエピソード1】 ICTや情報機器にめっぽう弱い先生

昨今の学校教育はタブレット導入が本当に増えたと実感しますね。

タブレット学習およびプログラミング教育が大きく取沙汰されるようになり、スマートフォンでさえ10代の保有率やインターネット利用率が90%を超えています。

学校に設置されているPCルームでの学習は情報科の専用というわけにはいかなくなりました。

私が勤務している都内の高校では、学校指定のタブレットPCではなく、家庭で選択したタブレットを使用させているので、surface、iPad、ChromeBookなどそれだけでも3種類の機種で対応しなければいけません。

中にはMacBookを持ち込んでいる生徒もいるので、Wordで文書作成することやExcelで表計算をすることが当たり前ではなくなりました。

というより、もはや情報ⅠではOfficeソフトの基礎知識や実践学習がなくなりましたので、OSを選ばずにプログラミング教育やコンピュータの仕組み、物事の考え方や捉え方、情報リテラシーに対して教育をすることに移行しました。

そこで、ある先生の共通点が見えてきました。

「昔はこんなことやらなかった。」

「プログラミングなんて急に言われてもどう教えたらいいのか分からない。」

「私は自分のやり方で教えたいから、教科書なんて使わない。」

と堂々とおっしゃる先生がおられるのです。

それも一人や二人ではありません。

割合としては非常勤講師でそのようにおっしゃる先生が多いように思います。

中でも定年を過ぎ、過去の栄光にしがみついている先生に多く見られました。

勤務していた高校では、情報科の非常勤講師が5名いたのですが、うち3名が上記のような先生でした。

(関係があるかどうかは分かりませんが、3名とも男性です。)

そんな先生にとっては、情報はPCルームでタイピングから始め、WordやExcelをする学習が普通だったので、それができなくなって戸惑ったことは仕方ないです。

プログラミング

時代は小学生からプログラミングの概念を学ぶように変化してきているのです。

それに加え、PCルームは使用せず、教室で各種タブレット(OS)に応じた学習形態へ、私たち教師も順応していかなければならなくなったため、大変な思いがあったのは間違いないでしょう。

しかしながら教室に設置されているプロジェクタとPCの接続についても、1度のみならず何度やってもできません。

メモも取らず、授業前の接続確認をするわけでもなく、授業開始後に生徒に職員室にいる教師をつかまえては、他の先生に接続をさせるという荒業をやってのける大物先生もおられました。

タブレットの使い方についても、生徒に聞くのは当たり前。

生徒からは

「情報の先生なのにPC使えないの?」

と半分馬鹿にしたような発言もあったようですが、その先生は

「よく知っている生徒を見つけて手伝ってもらうのが一番だよ、僕はわからないからね。」

と豪語されていたことには開いた口が塞がりませんでした。(笑)

そういう先生の図太さは、ある種学ぶべきこともあるように思いますが、もうそんな先生には居場所なんてありません。

生徒からも教師からも学校からも信用を失ったことは言うまでもありません。

【嫌われエピソード2】 分からない先生

情報科は大きく変化しています。

時代の流れに沿った教科でもあるため、今年の内容が来年、再来年と続いていく内容ではなくなります。

常に教師側も新しい時代の流れを見、学び、それを授業にも活用していくことを求められます。

ですから、現状維持をし続けたい感覚の先生には向いていないと思います。

変化に順応し、善悪や未来を見据えた感性も必要だと思うのです。

過去の栄光にすがり、その成功体験が永遠に続く、自分は正しいと思い込んでいる先生にとっては、情報を教えることは苦痛にさえなったのではないかと推測します。

しかし、非常勤講師として雇用されたのであれば、いただく給与に見合った労働(授業)をするのは当然のことです。

分からないことを

「だって分からないから仕方ない」

と終始一貫し、年間通して、授業前の準備はおろか、授業の反省や振り返りもなく、生徒からの質問にも応えずテストを実施する傲慢さには驚かされました。

当然ですが、生徒からの不満は爆発し、専任はもちろん、学校内でも問題になりました。

(よりによって情報科3人の非常勤講師が学校一の問題視案件になりました。)

専任から適切な指導があっても

「そんなの急に言われたって出来っこない。(専任の)先生も一緒に授業をやってくれないと一人ではできない。」

と駄々をこねる先生もおられました。

おののく男の先生

専任も授業や生徒、保護者対応や部活動などもありますから、分からない先生につきっきりになれるわけがありません。

困ったときのために、動画を別途作成してくれたり、情報共有ツール

(この学校ではTeams)

を使ってやり取りをしたり連絡事項の共有をしていましたが、分からない先生は、そのツールを見ることもしてくれませんでした。

ログインができないとか、メッセージの場所が分からないとか、とにかくアナログ先生でした。

生徒からも

「タブレットの使い方を教えてくれない。教科書の内容を一切教えてくれない。質問をしても応えてくれない。テスト勉強のやり方が分からない。課題提出が出来ない。先生が何を言っているのか理解できない。」

という声が続出しました。

その不満不安のフォローは専任をはじめ、他の非常勤講師で行わなければならなくなりました。

ただ、私自身も自分の受け持つクラスに責任はありますし、身体もひとつしかありませんし、学校も掛け持ちしているので、全力でフォローすることは不可能なわけです。

ですから、自分のクラスの生徒に課題提出とその意図、意味、役割などを理解してもらいながらしっかり学習をしてもらい、生徒間で助け合ってもらうよう促したり、休み時間に困っている生徒の対応をする、という流れを作っていきました。

そして、そうやって裏で尻拭いをしていることは、まるで当然のように

「いやーぁ、先生助かるよー。先生のクラスの生徒は幸せだね。僕は分からないからさ。」

と言うのです。

「分からない」

ことは誰にでもあるでしょう。

もちろん私だってすぐに応えられないことはあります。

しかし、せめて教科書に記載されている内容を、専門の教育者として説明できないことを

「分からない」

では困りますよね。

新しい分野でもあるし、今までと違うことも理解はできます。

でも生徒には一切関係がないことですよね。

先生によって伝え方が違うのは仕方ないけど、先生によって

「教えてくれるか教えてくれないか」

はあってはならないことです。

とても残念だし、生徒が本当に可哀想でした。

そして分からない先生の最大の失態が、WEBテストを実施した時に、テスト配信URLをテスト実施後に削除せずに、情報漏洩してしまった可能性があったことです。

その事実が判明したのは、テスト実施後に、私が講師室で授業準備をしていたときに、いつものように分からない先生がやってきて

「いやー、テスト配信なんとかできたからほっとしたよ。」

とおっしゃった際に、何気に

「URLは削除されましたか?」

と聞くと

「え?何それ?」

と返答があったので、急いで削除をしてもらいました。

【嫌われエピソード3】文句ばかり言う先生

新しい端末操作だけではなく、機種が複数あるだけでパニックになる先生は、とにかく文句しか言わない先生でもありました。

「なんで学校指定のタブレットにしないんだ!教えるこっちの身にもなってくれよ!」

は毎回のセリフでした。

この学校の教育理念は、教員もあらゆる想定に順応し、視野の広い対応をしてもらう、というものでした。

校舎

そういう理念なのであれば、タブレットの機種が違うことなんて想定内であり、機種の違いで教育の差が生まれてはいけないのです。

文句先生も、分からない先生と同様に、各教室でのプロジェクタ接続には大変ご苦労されておられました。

慣れるとなんでもないことなんですが、どうやら先生方の共通意識として

「非常勤講師でこんなことまでさせられるなんて思ってもみなかった」

ということらしいです。

それから

「こんな給料でこれだけのことをやらされるなんて割に合わない」

ともおっしゃっていました。

非常勤講師しかしたことのない私ですが、1コマ単価は一般的なもので、安すぎるとは思っていませんでしたので、ご自身のレベルに合っていないということをおっしゃりたいのだと思います。

それでも学校面接のときに、絶対に給与面、教育内容を聞いていたと思うので、ふたを開けたら思っていたより大変だった、ということなんでしょう。

私がもし

「非常勤講師でこんなことさせられるなんて」

と思うとしたら、契約内容と違うことを言われたり指示されることです。

例えば、校務分掌に割り当てられて、進路指導を命じられたり、部活顧問を命じられたりすることです。

しかしそんなことはあり得ません。

今でも非常勤講師としてのびのびできているのは、学校の教育理念に寄り添った指導をし、生徒に少しでも情報っておもしろい、と思ってもらえるような工夫を凝らし、生徒自身にもやっただけの成果を得られる授業作りをするのが楽しいからです。

文句なんてどこにでも転がっています。

でも私は、文句は自分の鏡だと思うのです。

その文句がいずれ自分に降りかかってくると思うと、その慢心を捨て、いつも誠実に向き合うべきだと思うのです。

このエピソードをお読みいただいて、少しでも明日の自分を見つめなおせたらと思います。

ご購読ありがとうございました。

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