家事・育児・仕事と学業の四足のわらじ!実体験で学んだ娘たちの「反抗期」と、絶望から掴んだ教育実習先探しの奇跡

教育実習
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四足のわらじを履く超ハードな日々。手抜きなしで挑んだ通信大学の学び

私立高校で情報科の助手(アシスタント)の仕事に携わりながら、通信制大学での学位取得と教員免許取得を目指す。

そんな私の日常は、「家事・育児・仕事・勉強」の4つをすべて両立させる、言葉通り超ハードな日々でした。

しかし、自分で一度諦めかけた夢をもう一度追いかけたいと思って始めたこと。

「大変だから」と言い訳をして、どれか一つでも手抜きをすることは絶対に自分自身が許せませんでした。

娘たちには「自分のことは自分でやろうね」と約束し、自主性を重んじることを大前提としていましたが、中学生になった彼女たちも部活動や勉強などで忙しい毎日を送っています。

「ママが勉強しているから、あれもやって、これも手伝って」と負担を強いるのは、筋が違うと考えていました。

自分で夢を追いかけ、行動に移した責任はすべて自分にあります。だからこそ、家族への負担を増やすことは最初から頭にありませんでした。

そうした私の覚悟を感じ取ってくれたのか、娘たちは自立して自分のやるべきことに黙々と取り組んでくれていました。

ただ一つ、「寂しい思いをさせてしまったな」と申し訳なく思うのは、晩ご飯を一緒に食べる時間が激減してしまったことです。

それまでは毎晩のように賑やかな食卓を囲んでいましたが、大学の勉強が本格化してからは、勤務終了後にコメダ珈琲へ直行し、深夜の閉店間際までレポート作成に没頭する日が週の半分以上を占めるようになっていたからです。

このことについては、娘たちに精神的な負担や不安を与えてしまわないよう、家にいる時間は彼女たちの学校での出来事や悩みを全力で聞き、一緒に買い物に出かけるなど、時間の「長さ」よりも「密度の高さ」を大切にするよう、私なりに細心の注意を払っていました。

順番にやってきた娘たちの反抗期。教育理論と実体験のリンク

そんな怒涛の毎日のなか、成長期であり思春期でもある娘たちに、避けては通れないあの時期がやってきました。

そう、子供の「反抗期」です。

我が家は双子の姉妹ですが、幸いなことに(?)二人の反抗期は同時にではなく、1年ずつ「順番に」訪れました。

よそのご家庭の反抗期がどのようなものかは分かりませんが、我が家の場合は、一人あたり約1年間続きました。

女の子ということもあり、大声を出したり暴力に訴えたりするような口撃的な反抗はありませんでした。

彼女たちの主な犯行手段は、「徹底した無視(無反応)」です。

しかし、それが一日中続くわけでもありませんでした。夜21時過ぎに、塾が終わる娘を車で迎えに行くときは、いつも機嫌よくニコニコしながら車に乗り込んできます。そして晩ご飯を一緒に食べるときは、とても楽しそうに今日あった話をするのです。

ところが、翌朝になると再び「無視」のモードに入っている……。

彼女たちのコロコロと変わる態度に、こちらは「いい加減に振り回されるのは疲れるわ!」と内心ため息をつくことも多々ありました。

ただ、前述の通り反抗期が「順番に」きてくれたおかげで、片方が反抗期の時は、もう片方の娘(反抗期じゃない方・笑)と密にコミュニケーションを取ることができました。

双子ならではの性質なのか、彼女たちはお互いの心理状況が手に取るようにわかるらしく、

「ママ、あの子は今、精神的にイライラしてトゲトゲしている時期だから、今は何も言わずにそっとしておくのが一番いいよ」

と、非常に的確なアドバイスをくれて、嵐をやり過ごすためのナビゲーターになってくれたのです。

こうして、ややこしくも双子のサポートに助けられながら、結果的に2年強にわたり、娘たちの反抗期の対応と、自分の教員免許取得の夢を追う生活を同時にやり遂げました。

親子喧嘩

実はこの反抗期でのリアルな経験が、その後の私の大学の学びに計り知れない恩恵をもたらしました。

教員免許取得のために、大学で「教育理論」や「教育心理学」を学ぶのですが、テキストに載っている学術的な知識が、目の前の娘たちの実際の態度や心の成長過程とリアルタイムで完全にリンクしたのです。

  • この年齢(中学生・高校生)の子供たちは、どのような心理的変化を遂げるのか
  • どのような周囲の環境に影響されるのか
  • 身体的な急速な成長と、精神的な未熟さのアンバランスさはどう現れるのか

それらの知識を、冷徹に、かつ親としての愛情を持って我が子を観察しながら分析することができました。

「なるほど、本に書いてある通りだな」と納得することもあれば、「うちの娘には当てはまらない部分もあるな」と気付かされることもあり、教科書の内容を丸呑みせず、「自分の目で見て確かめる」という実践的な学習ができたのです。

子供たちは自分から生まれたとはいえ、それぞれ全く異なる尊い「個性」を持った一人の人間です。

家庭環境が与える影響を意識しつつも、それぞれの個の成長を、母親としても教育者としても冷静に学びながら見届けることができた時間は、私にとってかけがえのない有意義なものでした。

また、娘たちは私にとって、当時勤務していた私立高校の生徒たちと同世代にあたります。そのため、「生徒たちのリアルな心境」を教えてくれる貴重なアドバイザーでもありました。

「ねえ、こういう時って、今の高校生はどんな気持ちなの?」
「急にこういう態度をとるのって、裏にどういう理由があるのかな?」

そうやって娘たちに本音をインタビューしながら、勤務先での生徒対応に活かすことができたのは言うまでもありません。

大人が自分の世界や心境を理解しようと寄り添ってくれる姿勢は、子供たちにとってもきっと嬉しいことなのだと、彼女たちの反応を見て実感していました。

女子学生

偶然の巡り合わせで娘たちの反抗期と大学の勉強が重なりましたが、おかげで成長期の精神的・身体的な葛藤を、身近な実体験として深く学ぶことができました。

この具体的な理解があったからこそ、反抗期の態度に深く悩んだり感情的になったりすることなく、勤務先の高校生たちに対しても、それまで以上に親しみと深い共感を持って寄り添うことができたのです。

教育実習先探しでの絶望と、勤務校不可という非情な現実

日々もがきながらも、履修単位を着実に取得していき、いよいよ教員免許取得の総仕上げとなる「教育実習」の時期が近づいてきました。

通常、教育実習は多くの学校において、年度の前期にあたる6月頃に実施されます。

そのため、実習を受けるおよそ半年前から1年前にかけて、実習生自身が出身校などに連絡を取り、内諾をもらう必要があります。

しかし、ここで私は大きな問題にぶつかりました。

私が通信制大学に入学したのは、後期の9月。そこから最短ルートで単位を積み重ねていくと、教育実習を受けなければならない時期が「後期(秋頃)」にズレ込んでしまうのです。

一般的には、大学4年生の前期に実習へ行くのが主流です。

私の出身校である県立高校は、後期の教育実習生は一切受け入れていないことが分かり、いきなり行く手を阻まれてしまいました。

後期の教育実習を受け入れてくれる可能性があるのは私立学校だけであり、その門戸は前期と比べて驚くほど狭いものでした。

何より、私には私立学校へお願いできるようなツテや人脈がまったくありませんでした。

「どうすればいいんだ……」と絶望しそうになったとき、ふと、あるひらめきが頭をよぎりました。

「今、情報助手として働かせてもらっているこの勤務校(私立中高)で実習を受けさせてもらえないだろうか!」

これならツテもあるし、後期でも相談に乗ってもらえるかもしれない!

急いで大学の教育実習に関する要項を隅々まで調べました。

しかし、そこに書かれていたのは非情な一文でした。

『現在雇用されている勤務校での教育実習は不可とする』

完全に、目の前が真っ暗になりました。

「終わった……」と、心の中で絶望の鐘が鳴り響きました。

後期の教育実習は諦めて、3年の最短卒業を半年延期し、翌年の前期に出身の県立高校へ実習を依頼するしかないのだろうか……。

でも、それでは今まで血の滲むような思いで維持してきた「最短卒業」という目標が崩れ去ってしまいます。

「何か他に方法はないのか?」と、頭がパンクしそうになるまであらゆる手段を模索しました。

もはやプライドをかなぐり捨て、知り合いの先生や少しでも関係のある学校へ片っ端から電話をかけ、「後期での教育実習の受け入れをお願いできないでしょうか」と必死で懇願しました。

しかし、結果はすべて全滅(お断り)でした。

教育実習

最後の希望。かつての恩師T先生への電話と「奇跡の折り返し」

もう後がない、追い詰められた状況で、私の脳裏に一人の先生の顔が浮かびました。

それは、勤務校で情報科のアシスタントをしていた頃、その卓越した指導力と生徒への誠実な態度を見て、「私もこんな情報の先生になりたい!」と憧れるきっかけをくれた、情報科主任のT先生でした。

T先生は、私が助手として勤務し始めて2年目に、別の系列校(大学の附属高校)へ異動されていました。

異動されてからはほとんど接点はなく、時折忘年会で見かけたり、たまたまご近所なので偶然道端でお会いして挨拶を交わす程度の関係になっていました。

私に残された人脈は、T先生だけでした。

T先生の個人の携帯電話番号は知らなかったため、意を決してT先生が現在勤務されている附属高校の事務室へ電話をかけ、取り次いでもらいました。

そして、自分が今通信大学で教員免許取得を目指していること、実習の段階まで漕ぎ着けたこと、しかし後期実習の受け入れ先が見つからず絶望しているという状況を、震える声で必死に説明しました。

T先生は私が教員免許取得のために通信大学で勉強をしていることはご存知だったので、あれから教育実習までこぎつけられたことや、本気でがんばっていることを受け止めてくださいました。

一通り事情を説明し終えた後、T先生はこう言いました。

「事情はよく分かりました。一度電話を切りますね。校内で調整できるか確認して、後ほど折り返し連絡します」

それまで何十回と電話をしてきましたが、どこの学校もその場で即座に断られるのが当たり前でした。

折り返しの連絡を約束してくれたのは、後にも先にもT先生だけでした。

張り詰めた緊張感と、微かな希望を胸に、電話の前に張り付いて待ちました。時が経つのが恐ろしく遅く感じられました。

およそ1時間後、携帯電話のバイブレーションが響きました。画面にはT先生の学校の番号。

心臓が口から飛び出そうになるのを抑えて電話に出ると、T先生の落ち着いた声が聞こえてきました。

「学校の管理職と調整をかけ、話し合った結果、あなたを後期教育実習生として受け入れることが正式に決定しましたよ。頑張りなさい」

「本当にありがとうございます……!」

諦めずに走り続けた私に、奇跡の扉が開いた瞬間でした。

こうして、私の待ちに待った教育実習への切符が手に入ったのです。

この教育実習の現場で、一体どのような出来事が待ち受けていたのか……?

その続きは、次回お話しいたします!

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